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2007年9月30日 (日)

あれから10年

10年前の今日、小諸駅で最終の下り特急あさまの気笛を聞いた。
上野から来たあさまは、あの日が最後だった。
小諸の人たちには、ひときわ悲しげに響いたに違いない。
自分の心にも、そう響いた。

新幹線あさま。良かったのか、悪かったのか。
悪いわけはない。
ただ、そこまでして新幹線なのか、という疑問は少しある。

まあ、そのおかげで、風吹けば桶屋が儲かる的な連鎖で、好きな職業につけた。
が、給料は6割になった。
良かったのか、悪かったのか。

まあ、良しとしよう。
前職と現職の経験年数が同じになった。あーあ、年取るわけだわorz

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コメント


まさしくサザンの「忘れられたbig wave」のフレーズですね。

そんな郷愁を感じずにはいられません。
あの小諸から乗ったASAMAのシートのぬくもり覚えています。
東京から帰って、小諸のホームに降り立った気持ちも・・・

何時までももっていたいものです。
そうだ、鉄道文化村に行ってみようか。

投稿: baja | 2007年10月 1日 (月) 06:54

10年経つのですね・・・。
横軽廃止・・・。私が本格的に鉄道を嗜むきっかけになったほどの一大変革でした。http://nigel.atw.ne.jp/train7.html

投稿: Legin | 2007年10月 1日 (月) 10:12

>baja様

最後の気笛は、ひときわ長く哀愁を帯びていました。
もう10年です。が、そんなに昔のことではないような気もします。
東京向かう。新幹線に比べて地べたに近い、高崎線の駅をひとつひとつ通過するごとに、都会に近づくような
わくわく感。帰りの、碓氷峠ではっきりと都会とは隔絶したようなメリハリが好きでした。

小諸の街は、しっとりと、静かになりました。

鉄道文化村。。。野ざらしの189系あさまが悲しくて(笑)
動いている電気機関車が、旧友に会えたようで、ちょっぴりうれしいですが。

>Legin様

平行在来線の切り離しと、横軽廃止という、今までにない”犠牲”のもとに生まれた新幹線。
しかし、新幹線を否定していれば、ただ漫然と鉄道そのものの斜陽化を指をくわえてみているだけになるのかも。
10年って、ずいぶん経つような、割と最近だったような。

通っているころの映像、拝見しました。何かジーンときます。

投稿: 豚磨 | 2007年10月 1日 (月) 22:09

本当にあっという間に10年が過ぎてしまったという感じですね。
長野で過ごした時間よりも、その後東京で過ごした時間の方がいつの間にか長くなってしまっていて、当時のことも懐かしい思い出です。
10年前の今日、ロクサンの音が聞こえなくなった軽井沢駅がすごく寂しくて、なんとも言えない気分になったのを思い出します。もっともそうなる結果から私自身、信州の鉄路に関わりを持てたのですが、正直複雑な思いでしたね。

投稿: しんいち | 2007年10月 1日 (月) 23:35

>しんいち様

>ロクサンの音が聞こえなくなった軽井沢駅
10年経ったのですね。
いまでも空耳でなら、再現できます(笑)
鉄道文化村に、短距離ではありますが、ロクサン本物の音を聞けるのがちょっぴりうれしいのであります。
横軽の為に生まれ、そして二度と横軽を走らない169はあいかわらず健在です。
9/30もイベント列車として走りました。
正直、複雑な思いです(笑)

投稿: 豚磨 | 2007年10月 2日 (火) 22:13

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