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2009年3月28日 (土)

読後感想(5)

 島崎藤村の「破戒」を読んで。

 一度立ち読みで1ページ読んでギブアップしたのだが、これは、いたるところに難しい漢字にふりがなが振ってあったり、本自体の厚さ(ページ数)に対してであった。
 その後、「聖職の碑」を読んだ際、この「破戒」が取り上げられていて、”伊那の知識人でこの本を読まない者はいなかった”とあり、興味を持った。

最初に、巻末にある 「破戒」と差別問題 からの引用を掲げておきたい。

「破戒」には、たしかに差別小説としての一面がある。しかし、適切な解説とともに出版されるのであれば、むしろすぐれた反差別小説ということができよう。現に多くの読者が、「破戒」を読むことによって、社会問題に目覚め、差別の不当性に目を開かれてきているのである。

その前提の上で、つたない感想を記そうと思う。 

 時代は明治30年代。生徒に慕われる若き小学教師 瀬川丑松 が、その父からの戒め「(祖先が穢多であるという)身の素性を隠せ」を守りながらも、人間関係から穢多であるという噂が立つ。ついに戒めを破り、生徒の前に告白するとともに失職に追い込まれる。テキサスの日本村を目指して旅立つ。

 むしろ生徒のほうから、「どうかしてあの教員を引き止めてくれるように。たとえ穢多であろうと、そんなことは厭わん。・・・教師としての新平民に何の不都合があろう。」と校長に直訴する。(実は、作者藤村の正義感はいつ出てくるのか、とやきもきしたが)

 今でなら反差別、平等を説くべき教員界にも、当時は部落差別、失職に追い込むような意識があったとは、驚くべきことであった。

 「千曲川のスケッチ」をメロディーとするなら、これはそのメロディーに重い歌詞が乗せられている。「千曲川のスケッチ」で出てくる描写がいたるところに反映されている。
 
 「千曲川のスケッチ」は明治44年~大正元年に世に出ている。
 「破戒」はそれより前の明治39年に出版されている。
あれ、順番が逆ではないのか。
 起稿は、
 「千曲川のスケッチ」・・・明治33年
 「破戒」        ・・・明治37年
なるほど、これで納得である。
ちなみに、「聖職の碑」の元となった遭難は大正2年。

 お恥ずかしながら、一度は教員を、と考えた人間は、当然そのとき読んでおくべき書物であった。
 我が妻はとうの昔に読んでいたそうで、蓮華寺のモデルになった寺も知っていて、この方面の造詣が妻にはるかに及ばないのは、真に遺憾であった(笑)

 

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コメント

「破戒」については、自分も挫折組です。(汗)
この記事のおかげで、主人公(丑松)の名を思い出すことができました。
(こんな調子ですから、内容は殆ど記憶に残っているはずもなく...)

差別問題については、(若かりし頃)「橋のない川」全巻読んだ記憶があります。

近頃は活字離れが特に酷く、文庫本の推理小説程度です。
「十津川警部?」シリーズとか..(苦笑)#見習わなくては。

投稿: Ken28 | 2009年3月29日 (日) 05:13

>Ken28様

わりと最近まで「破壊」だと思っていました。
とにかく、脚注が多く、つど巻末の脚注の解説を見ながらなので、結構時間がかかってしまいました。

今回の読書シリーズは、実はKen28様が以前に山登りのエントリでコメントいただいた「孤高の人」がきっかけになっています。

今度は、いつか「橋のない川」を読んで見ようと思います。

投稿: 豚磨 | 2009年3月29日 (日) 22:55

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