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2009年4月13日 (月)

日の目を見ないものの悲哀

 4/12、中学の野球の送迎と線審。
地元とは標高差が400m以上はある、春先進国に踏み込んでの練習試合。

判定にはあまり自信がないのであるが、今日の線審の相方が一塁をやってくれ、と。
一塁はたくさん来るので、気が抜けない。
が、審判は公正なジャッジに努めるのは当然だが、存在としては所詮石のようなものである。

コーチャーボックスに3年生なるも、スタメンにはならず、この日はここまで途中の起用もなかったわが子が声を上げている。
思い通りにならなくても、腐らずに続けるのだ、とちょっとだけ同情を寄せるも、ジャッジに精一杯、余裕もない。
すぐ背後には、相手方のにぎやかな応援が。
桜満開の花霞みに意識もボーッと遠のくような気がする。
地元では、まだつぼみなのだが。

Sakuragrand

レギュラーになり、あるいは試合に出してもらえる球児はほんの氷山の一角ではあるまいか。名門校といわれるところほどより一層。

Yashiroline

たとえば、レールは主役だ。枕木も縁の下の力持ちだが、重要な役割を担っていることはわかりやすい。
砂利はどうだろう。
枕木のすぐ下の砂利は、やはり重要だ。
では線路の脇の直接力を担っていないような砂利はどうであろうか。
一個や二個ぐらいなくても、何も影響しないかもしれない。
しかし、これとていくつも集まれば、軌道の横負担力を増したりする、列車を支えている重要な線路の構成メンバーなのだ。
↑廃線存続でゆれる長野電鉄屋代線の軌道
・・・


脇役はつらい。
自分など、中学のバレー部は大会ではピンチサーバー。
一発目は敵陣に炸裂した。
だが、二発目は、むなしくコートをそれた。それきり。

息子には、たとえずっと玉拾いでも腐らずにやり続けることを条件に、野球部入部を許可した。
小学校のときは4番ファーストのポジションを占めたこともあったわが息子だが。
時々ライトに起用されたり、代打に入ったりすることもあるにはあるようだが、より優れた技能を持つ下級生がいればそちらが優先、これは当然ありうることだ。
前回など「一打席のみ、それも犠牲バント」と口惜しそう。
「バントはうまくいったのか。」
「うん。」
「じゃあ、任務を遂行できたのだし、よいではないか。」
「・・・(スカッとでっかく打ちたいと顔に書いてある)」
このへんのことは、もうすこし勉強すべきだな>息子

こんなことを漫然と考えてしまうと、ジャッジがおぼつかない。
微妙なタイミングのは、ジャッジもなやましい。
思い切って審判の意思で決めるしかないのだが。
判定にややもたつく場面があったが許してくれ。
WBCでも審判のジャッジには、あれ?と思うものもあったが。
審判が判定したものには、基本的に従ってもらう。

Closeplay

(あの高校のあのドームのなかにはPENTAXの大型望遠鏡があるのだ。自分は知っている。
PENTAX望遠鏡がなくなり、銀塩中判がなくなり、素人はとても買えそうもないけど645Dには一抹の望みを託し、次期中級機は天文ファンに振り向いてくれるか、PENTAX・・・などと、この豚特有の思考ループをめぐらせていた。)

やがて審判をほかの父兄に変わってもらい、フリーになった。
トイレに行きたくなった。
トイレの途中、後ろから打球がレフトをこえて飛んできた。
(打席に立てる子はいいなあ。)
ほかのボールを使って試合が再開したのを確認して、ボールを”玉拾い”の部員に転がしてやった。

試合が終わってから息子が、「レフトを抜いた俺のエンタイトル2ベースの(晴れ)姿を見てくれたか?」という。
トイレに行く途中で、背を向けていたのだ。
数少ない息子の活躍のとき、背を向けていたとはorz
まあ、そんなことにはめげず、がんばるのだ。

この日の顧問いわく「3年生でもコーチャーボックスに入ることしか出来ず、『きょうは失敗しちゃった』とさえいえないものもいる、ということを忘れるな。試合に出れることは、たとえ負けた、うまくいかなかった、という苦渋でも、めぐまれているのだ。そのことをもっと感じなさい。」

こういう葛藤の中で人間性が磨かれるということは、もちろん重要だ。だが、自分はやっぱりチームで優劣にうもれるスポーツより、自分でがんばれば手ごたえをダイレクトにかんじれる登山や自転車がいいな。

ただいえるのは・・・DA50-200の片ぼけは直らなかった。そして桜がきれいであった。

Under_sakura

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コメント

豚磨さん初めまして、"ふき"と申します。
私もペンタユーザーなので、時々見に来させて頂いてました。

うちの息子も中3当時、練習試合でさえ選手として出して貰える事は少なく、
いつもベースコーチとして大きな声で試合に参加してました。
今回の記事を見て、豚磨さんの息子さんと重なってこの頃を思い出し、
失礼とは思いましたが、懐かしくて思わず書き込んでしまいました。

当時の息子はアクシデントもあって、夏の大会には選手としてグランドに
立つ事ができましたが、親としては本人の努力もあっての事と思っております。

豚磨さんの息子さんも野球が大好きで、大変努力していると思います。
残り少ない中学校の部活ですが、良い思い出が作れる事を祈っています。

投稿: ふき | 2009年4月14日 (火) 22:27

>ふき様

はじめまして。
お返事遅くなりましてすみません。

うちの息子も、時々はチャンスが与えられるので、まんざら我慢だけではないようですが。
好きで選んだことですので、がんばって続けているといったところです。

リンクの貴ブログの記事、拝見しました。
努力しているゆえの登板チャンスですね。
親御さんとしての感動も伝わってまいります。

うちの息子も、くいのないように日々努力していって欲しいと思いました。

投稿: 豚磨 | 2009年4月16日 (木) 22:38

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