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2016年3月 6日 (日)

しんぷ

 大河ドラマ「真田丸」のせいで「しんぷ」にいってみたくなった。
 
 もう40年以上前、小学校高学年の夏休み、いとこ家族と中央東線で上諏訪から甲府に向かっていた。
いとこは一つ上の女の子であったが、一年に一回会えることが非常に喜びであった。一緒に列車で旅に出れるなんて、無上の喜びである。

小淵沢までは聞きなれた駅名だったが、いくつか行って、「ひのはる」は子供心にのどかな駅名で、インパクトがあった。
今日は、天候的に日野春日和(?)であった。

Hinoharu1

外からみた駅舎は、たぶんその当時と大きく変わっていないのではないか。

Hinoharu2

上り向きの次駅は「穴山」。スイッチバックだった記憶がある。
その遺構がまだあった。

Anayama1

そして「しんぷ」
ELけん引の旧型客車列車はゆっくりと、カーブしたホームに止まった。

Simpu_s1

Simpu_s3

Simpu_s2

小学生中学年には、最初キリスト教のやさしいおじさんのいる駅と思われたが、新府という漢字程度は読めたと思われるので、新という字のわりに静か、長閑すぎるのが印象的であった。

次は韮崎。ここもスイッチバックであった。駅近くの小学校のプールを通り過ぎて止まった。と思いきや、戻ってきて小学校が見える位置にバックしてきた。プールで泳ぐ小学生の声が賑やかであった。ということは昭和45年の記憶であろう(笑)。

うきうきした心は甲府で一転、禅寺での禅修行で苦行に変わる(笑)

新府に話を戻して、新府城址に行ってみる。

Simpu_j1

Simpu_j2

Simpu_j3

Simpu_j4

八ヶ岳の泥流、七里岩の断崖上で比高80mほどの高台にある。
新府という将来性のありそうな名前とは裏腹に、武田氏の滅亡前夜の背水の陣としての築城だったと。

これで個人的には「しんぷ」の謎は解けたように思う。
個人にとっては大昔の46年前も、日本史の中で見ればほんの一瞬であり、またその有史の歴史も、八ヶ岳の火山活動、そのまた昔の甲斐駒の雄姿からすればまたほんの一瞬の出来事なわけだ。

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